震災ブログ
(21)7ヵ月目
10.11
予想以上に震災が甚大であったことが自身にも降りかかってきた。津波で大規模半壊となって・・8月にお願いした・・家屋の建築・・が年内は間に合わず越年することがわかった。 全国のハウスメーカーから応援部隊がきても来年の5月までは何ともしがたいとのこと。それまでは家財も何もないが・・仮設で暮らすほかない。

気分転換のため、昨日の10日は仙台市農業園芸センターを訪ねました。その施設について紹介します。
農業園芸センターには四季折々のたくさんの植物があり、温室植物、viewer施設、遊歩道、芝生もある市民の憩いの場でした。実は私も年に4回ほど訪れる場所です。 農業園芸センターが津波で被害を受け、これまで全面休館でした。やっと10月より一部分ですがオープンしました。 そこで見たものは多くの植物が津波と塩害で枯れていたこと。生々しい傷跡がありました。 今でもボランテイアの方々が瓦礫処理や雑草の片づけをしていました。驚いたことに海外からのボランテイアが多かったことです。Thank you so much!

思わず感謝!!


次に驚いたのは
東北大学農学部の「菜の花プロジェクト」でした。。 塩害の被害を乗り越えるために大学も農業者の復旧に向けてがんばっている!!


このドームは入り口に入って直ぐにあって最初は温室なのかと思った建物です。
近づいて良くみると・・アッ違いました。。

このドームは遺留品や遺失物を保管するためのものでした。今も、集められているそうです。

多くの方々のご支援に感謝したいです。

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(22)志津川町・・現在・・南三陸町
11.04
自分の眼で見なければ惨状はわからない。
私は11月3日、今なお、復旧が進んでいない町の光景を目の当たりにした。
これまでに何度も通った道、山を越え、下り坂を下りていくと程なく志津川の入り口になる。昨年までは必ずコンビニのセブンでサンドイッチやおにぎり、コーヒーなどを買い込んで・・イザ・・志津川へ・・釣りだ!!
今年は・・下り坂を下りていくと・・何もなかった。。何もかもがない。。道路さえ。

あるのは跡形もない荒れ果てた志津川。


入り口手前の右側にある山手の民家。。運よく助かったようだ。その右側の山は津波で削りとられている。
一番高いところは30mかな。場所によっては40m近いところの山林がえぐられているところもある。

TVでご存知の志津川。。8ヶ月にもなろうとしているのに・・何も変わらない。

志津川町(現、南三陸町)の市街地の入り口には屋根も何もない。風を遮るものもないところで営業しているガソリンスタンドがある。2人のスタンドマンの姿は強く印象に残った。 街はなくなったけど、気持ちまで無くしていませんから。
ありがとうございます。・・大きな声。。
被災者同士。その気持ちが良くわかる。お互いに頑張ろう!とエールを交わして帰路に。。

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(23)実業団駅伝 12月18日
12.19
震災を乗り越えて!!選手が言う。。
私達も精一杯頑張るから・・皆さんも頑張って!!
力強く松島から利府、塩釜、多賀城、仙台を走り抜けた。

応援しながら撮影した場所は津波で浸水したところだ。砂押川が地震と津波で決壊・・それに太平洋からの津波のダブル攻撃で大きな被害を受けた多賀城市も現在・・復旧進行中。 私は全国の自治体からの被災支援があったことを思い出し・・急ぎ応援に出かけた。

風が強く・・選手は大変だったろうと思う。。・・それに寒い。。
選手が早く走り抜けるのでシャッターチャンスを逃してしまう。。その中で何枚か写真に収めることができた。
頑張って走る選手に大きな声援が飛ぶ!! ありがとう!。。頑張って!!。。しっかり。。










多賀城を駆け抜けた選手たちに心から感謝したい。私たちは一つ一つハードルを 乗り越えてがんばります。